私の小学校は、築100年ほどの古い校舎で、港から300mくらい離れた場所にありました。クラスは、1年7組までありましたから、児童数は、比較的多かったように思います。
その日、みんなで、校庭で遊んでいた時でした。急に、嗅いだことの無い様な何とも言えない生臭い、獣臭い匂いが立ち込めてきました。遊んでいた子供らは、「クサい!クサい!」の大騒ぎです。すると、上級生の男の子が、「クジラだ、クジラがあがったんだ!」と言い出しました。当時、小学1年生だった私は、クジラというものが分からなかったのですが、子どもながらに、すごいことが起こっているんだ、という認識はあったと思います。「とんでもないものが、見られるだ、」と思いました。高揚した子供たちは、ワイヤワイヤの大騒ぎです。私も上級生の後にくっついて、校庭の入り口まで向かいましたが、先生に呼び戻されて、ついに見ることができませんでした。
それから数日たって、家の食卓に真っ黒な肉があがりました。私は、あの匂いのものが、これなんだな、と、思いました。クジラ(の肉)と匂いが、ここでつながったのです。クジラの肉は、鉄分が多いのか、うそみたいに真っ黒で、黒いスジは歯につまりましたが、一生懸命に食べました。ショウガ等で下味をつけて揚げた、竜田揚げの様なものでした。
どうやら、うちの町では、昭和62年まで捕鯨が盛んな町だったようです。それでも、クジラの肉は、頻繁に食べられるようなものではなかったと記憶しています。あの日、クジラがあがった日、町にとって喜ばしいことのように、子どもながらに感じていました。母の使い終わった化粧瓶には、クジラの油が詰めてあって、やけどのヒリヒリによく効きました。
(昭和50年代・岩手県沿岸部)