第41話 セミとり・ドンゴロ編・弟

セミの幼虫が土から出てきて、羽化するために木に登る。僕たちの地域では、この幼虫を、ドンゴロと呼んでいた。夕方、僕たちは集まって、ドンゴロをとりに、梨畑まで遠征する。これは、小学生にとって冒険だった。

勝手に畑に入るのは、まずいことだって、僕も仲間も、心の中では思ってる。でも、それは言ってはならないことだった。ドンゴロとりは、それを上まわる、楽しいことなのだから。

歩いていると、向こうから、ずぶぬれの友達が、やってくる。「どうしたんだ?」と聞くと、「用水路に落ちた。」と言う。このやりとりは、もう何度もくりかえされている。みんなよく、用水路に落ちる。

恐ろしいことが起きることもある。乳母車を押したばあさんが、遠くまで見渡せる、まっすぐなあぜ道を、こっちに向かって歩いてくる。やばい、と、誰かが言った。「見張りに来たんだ!チクられたんだ!」みんないっせいに、逃げ出した。「あいつはやべえ。」「気をつけようぜ。」いつのまにか、ばあさんは、消えていた。僕たちは、ビクビクしながら、ドンゴロをとって帰った。

つかまえたドンゴロは、家に持って帰って、カーテンにひっかける。でも、そのあとどうなったか、記憶にない。朝起きると、ドンゴロも羽化したセミも、部屋にはいなかった。兄貴が言うには、羽化するのを見届けた後、外に逃がしていたらしい。

(昭和50年代・愛知県)

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