第38話 ホンチ

春先になると、僕は楽しみになってくる。ホンチが出てくるからだ。ホンチは、全長1センチくらいのクモの一種だ。ハエトリグモが脱皮をすると、ホンチになる。体は真っ黒で、おしりが黄土色をしている。僕たちは、脱皮する前のホンチを、バラの木や竹やぶなどから見つけては、帽子の中に落して、捕まえる。(ホンチになっているものを捕まえることもある。)脱皮をしたホンチは、闘う習性を持っている。その習性を使って、ホンチ同士をケンカさせるあそびを、これも「ホンチ」という。

小さい箱に2匹のホンチを入れると、長い前脚を、鎌のように高く持ち上げて、互いに、にらみ合いけん制し、次の瞬間、ガバッと、組み合う。組み合ったまま、互いに押し合い、へし合い、そのうちに、長い前脚を、回し込み、おしりをこちょこちょと触る(攻撃している)のだが、それは見ていて、なんともおもしろいのだ。結局、負けた方が逃げて、勝負は決まる。

当時、駄菓子屋でホンチ用の小さな紙箱が売っていて、ふたの部分をガラスに変えて、中が見えるように改造していた。その箱の中に、ホンチを入れて、飼育する。僕は、小学生から中学生くらいまで、ホンチをしていたが、今はもう、見かけなくなったように思う。

(昭和30年代・神奈川県横浜市)

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